Rethink 夫婦の時間 二人のこと、もう一度。

室木おすしの夫婦時間

11月だというのに蚊が飛んでくることがある。

部屋で一人仕事をしている時、どこから入ってきたのかプーンと私の目の前を通り過ぎる。

反射的に倒そうと身構える私は同時にふとこんなことを考える。

「ちょっと待て、もしかしたらこの蚊は妻じゃないのか?」

ありえない空想であることは分かっている。しかし万に一つ、どこかで何かにあった妻が最後に、蚊に姿を変えて私に会いに来た可能性はないか。

あるいは何かピンチを迎えていて、蚊に姿を変えて私に知らせに来たのではないか。もしくは未来の妻が蚊に姿を変えて私を見に来たのではないか。と考えてしまう。

室木おすし

しかし何かあった時になんで妻はそんなすぐに蚊に姿を変えたがるのかという疑問は残る。「姿を変えたい!」と思ったときに蚊を選択するのだろうか。例えば鳩はどうだろう。いや妻は鳩が嫌いだ。私も嫌いだ。

となる蚊かもしれない。やっぱり蚊がベストなのだ。妻は正しい。

そんなようなことを考えていると、その蚊がどんどん妻だと思えてくる。飛び方もほんのり愛らしく思える。私は少し笑いかけてみる。もし妻だった時のためだ。

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しかし瞬時に気持ち悪いことをしている自分に恐ろしくなる。蚊が妻なわけがないのだ。

ただ先程も言ったが万が一の話をしている。蚊が妻じゃない世界、そんな当たり前の話をしていない。どうか聞いてくれ。

私は万が一の可能性を考えて見極めなければならないのだ。妻を手で叩き潰すわけにはいかないだろう。

思えば蚊というのは、人の血を吸ってかゆみを与えるということをしなければ、ずいぶん人懐っこい生き物だと思う。まるで猫のようではないか。まとわりついて。さっと隠れて。

やっぱり妻か。
ここまでいくと。

妻じゃない事の方がおかしいという気さえする。

そうして妻であると思って蚊を見てみると、途端に途方に暮れることとなる。じゃあどうすりゃいいのだ?と。

妻が蚊だった場合、私に何ができるのだろう。蚊の夫としての立ち振る舞いを私は知らない。蚊の夫の年収はいくらが理想なのか。蚊の夫は結婚記念日にどこを予約すればいいのだろう。これから添い遂げる自信がない。

いや蚊は仮の姿だった。そもそもその設定を忘れていた。妻は何か伝えようとしているのだ。そのメッセージを読み取ればいいのか。いいよ。読み取って見せよう。そら。こい。

しかし全然聞こえない。そもそもメッセージを伝える気持ちが感じられない。なんならこいつ血を吸おうとしているではないか。あ、痒い!刺されてた!

こ、

こいつ、蚊だ!
蚊じゃねえか!

私の妻が私に悪いことをするはずがない。私は瞬時に手を叩く。
パシ!
手を開くと蚊が倒れていた。

室木おすし

だが、
倒してしまうと、また思ってしまうのだ。

もしかして、妻?

ガチャ
玄関が開く音がする。
ワイワイとした話し声が聞こえてくる。

私は仕事部屋を出て玄関へ行く。妻が長女と会話しながら下の双子をベビーカーから下ろしていた。

おかえりなさい。

私はと妻と娘を見てニコリと笑う。

今、蚊を倒したよ。
と伝えると。

妻はナイス!と親指を上げてくるのだ。

ここは妻が蚊じゃない世界だった。

あぁよかった。

001-illust-05プロフィール

室木おすし
イラストレーター、漫画家。長女と双子の次女・三女の父。
悲しみゴリラ川柳家元。オモコロネットラジオ「ありっちゃありアワー」パーソナリティ。Hanakoママweb連載「娘へ。」のほか、雑誌やWEBで記事や漫画の執筆をしたり、広告でイラストやGIF動画を作成したりと日々あくせく。夜泣きのひどい次女の抱っこには定評があり、2018年には生春巻きが好きだという自分の側面にはたと気づいた。